前回、ブログの最後にこんなお話を投げかけました。
「うちの家族は仲が良いから大丈夫。家もあるから、私が死んでも妻はそのままそこに住み続けられる」
そう思っている方にこそ知ってほしい落とし穴。実は、万が一のことがあったとき、残された奥様が当然のようにそのままマンションに住み続けられる……というわけではないのです。
これ、法律のことをなんら知らなかったときの私も、聞いたときは「え? なんで??」と思いました。普通に考えたら、長年一緒に暮らしてきた我が家にそのまま住めるのが当たり前だと思いますよね。
「子どもたちだって優しいし、お母さんを追い出すわけないじゃないか」 そう思われるかもしれません。もちろん、話し合い(遺産分割協議)がスムーズにいけばそのまま住むことはできますし、まあもちろん大概はそのように円満に収まることがほとんどなのかな、とも思います。
ですが、こんな話を聞いたことはないでしょうか?
交通事故を起こしてしまい、その場では相手も「いいよいいよ大丈夫」と言っていたから安心していた。なのに、後から「あそこが痛い、ここが痛い」「温泉で治療する」「リハビリだなんだ」と言われて、結局、補償でもめた。 「本人はいいと言ってたんだけどねえ、奥さんとかまわりがねえ、あとからあれこれ言ってくるからねえ……」
なんていう、よくある世間話。 実は、相続でも全く同じことが起こるのです。いくら我が子が優しくても、その背後にはそれぞれの配偶者や生活の事情があります。いざ「お金」が絡むと、周りの声によって綺麗事だけでは済まなくなるのが現実です。
法律上の現実はこうです。 ご主人が亡くなった瞬間、そのマンションは「奥様と子ども2人の共有財産」になります。もし、ご主人の遺産が「今住んでいるマンション」くらいしかなく、分け合えるような預貯金がほとんどなかったとしたらどうなるでしょうか。
子どもたち(あるいはその周囲)に「自分の法定相続分(財産の4分の1ずつ)をきっちり現金でもらいたい」と主張された場合、奥様は子どもたちに支払う現金を用意するために、最悪の場合、住み慣れたマンションを売却して現金化しなければならなくなるのです。
こうした悲劇を防ぐために生まれた強力な武器が、「配偶者居住権(はいぐうしゃきょじゅうけん)」です。
「家に住む権利」と「所有する権利」を分ける
配偶者居住権とは、一言で言えば「家そのものの価値(所有権)を子どもに相続させつつ、奥様には『亡くなるまでここに住み続ける権利(居住権)』だけを遺す」という仕組みです。
これなら、マンション全体の価値を子どもたちに分け与えつつも、奥様が家を追い出される心配はゼロになります。
「じゃあ、さっそくその配偶者居住権ってやつを遺言書に書いておこう!」 そう思ったときに、目の前に現れるのが「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」という2つの選択肢です。
【選択肢1】自分で紙に書く「自筆証書遺言」
文字どおり、紙とペンを用意して、自分で全文を書いてハンコを捺す方法です。費用もかかりませんし、思い立ったその日に自宅の机で書くことができます。
ドラマなどでは、すべての財産を●●に!!などとよくやりますが、もちろん個人でそう書くことは可能です。しかし、現実には法律で最低限保障された取り分(遺留分)などがあるため、仮に「すべての財産を」と極端に書いたことで、逆に死後大もめすることになったりします。
また、ご夫婦でよくやってしまいがちなトラップもあります。子どもがいないのでお互いに「全財産は配偶者に遺す」という遺言書を作りたい、あるいは「二人の共有財産を遺贈したい」という場合であっても、ご夫妻で一つの遺言書(同じ紙)を作ることは法律で禁止されています。遺言は、一人ひとり単独での自由な意思表示が必要なため、2人以上が共同で遺言することはできないのです。
さらに、先ほどの「配偶者居住権」のような比較的新しい法律の仕組みを、一般の方が自分で条文の不備なく正確に書き上げるのは正直なところ至難の業です。それをしっかり安全に保管する仕組みも必要ですし、せっかく書いたものを(家庭裁判所の検認の手続きなしに)勝手に開封されてしまったら、それだけで過料(ペナルティ)に処されたりと、色々と不安定な要素がつきまといます。
2020年から法務局で自筆証書遺言を保管できる制度が始まっており、この制度を使えば検認不要・開封リスクはなくなります。それでも内容の正確性の問題は残ります。せっかく奥様や家族のために書いたのに、法律の要件を満たしていなくて「これじゃ配偶者居住権は認められません(無効)」なんてことになったら、目も当てられませんよね。
【選択肢2】プロと作る「公正証書遺言」(私が選んだ方法)
私が地元の法律事務所さんに相談して作成したのが、この「公正証書方式」です。 こちらは公証人という法律のプロが関与し、公証役場という公的な機関で作成・保管されます。
- 「配偶者居住権や遺留分を考慮して、確実に設定したい」
- 「夫婦それぞれで不備のない遺言書を1冊ずつ確実に遺したい」
- 「勝手に開封されて無効になるようなリスクをゼロにしたい」
こうした複雑な法律の実務を、1ミリのミスもなく確実に形にできるのが最大のメリットです。形式不備で無効になるリスクは事実上ゼロになります。費用は財産規模等によって変わりますが数万円〜が目安。私自身、この「確実性」にこそお金を払う価値があると考えました。
まずは「全体像」をふんわりと掴む
ちなみに、財産にはプラスの財産以外に、借金などの「マイナスの財産」も存在します。
少し前にも、某女優さんの遺産を「相続税が高いから」という理由で息子さんが放棄した、という話題がニュースにのぼったことがありましたよね。このあたりの「マイナスの財産」や「相続放棄」については、また改めて別の【相続編】で詳しく書きたいと思います。
「自筆がいいのか、公正証書がいいのか」と細かなメリット・デメリットの比較にとらわれすぎると、最初の1歩が踏み出せなくなってしまいます。
まずは「万が一のとき、残された家族にどんなリスクがあるのか」という全体像をふんわりと掴むこと。その上で、「うちの場合はプロに頼んで公正証書でキッチリ書いておこう」と判断すればいいのです。
次回以降で、経営者が倒れた際の「口座凍結」のリスクと、私の代わりに遺言を実行してくれるサポーター(遺言執行者)の重要性についてお話しします。
「万が一のとき、うちの家族や会社はどうなるんだろう……」と少しでも不安がよぎったなら、まずはこのブログを読みながら、ご自身の「もしも」を少しずつ整理してみてください。実際に遺言書を書いた一人の経営者として、リアルな目線でこれからも情報を発信し続けていきます。
