遺言書がない場合、この過酷なスケジュールの中で、相続人全員が集まって財産の分け方を決めるステップ⑦「遺産分割協議」を行わなければなりません。

「うちは家族仲が良いから、話し合いなんてすぐにまとまるよ」

そう思われているご家庭ほど、いざ本番を迎えるとピタッと時計の針が止まってしまう現実があります。 今回は、相続の現場で起こりやすい、話し合いがストップしてしまう「4つの原因」と、そもそも話し合いのテーブルにすら座らせてもらえない「3つの法律の壁」について、そのリアルな姿を見ていきましょう。

心理と関係性が生む、話し合いがストップする「4つの原因」

まずは、相続人は全員揃っていて元気なのに、感情や環境のせいで泥沼化しやすい代表的な4つの原因です。

  • 原因①:【外野の参戦】相続人の「配偶者(妻・夫)」の口出し 典型的なケースの筆頭です。直接の相続人ではない家族の「何気ない一言」によって、昨日まで納得していた当事者の態度が急変します。「あんたの実家なんだから、ちゃんともらうもの貰ってよ」という自宅での囁きが、家族の絆を切り裂いてしまうことは珍しくありません。
  • 原因②:【関係性の希薄】「疎遠な親族」がいて話が通じない 普段まったく付き合いのない異母兄弟や、何年も音信不通だった親族。長年交流がないため、残された家族との温度差が大きく、そのため、事務的に「法律通り(法定相続分)きっちり現金でください」と主張され、思い出の実家を売却せざるを得なくなるパターンです。
  • 原因③:【介護・貢献度の不公平感】「私だけが親の面倒を見た」という感情の対立 法律上、苦労した分を「寄与分(きよぶん)」として認めてもらうのは非常にハードルが高いのが現実です。一方で、何もしてこなかった兄弟が「法律通り半分ね」と言ってきた瞬間に、長年積み重なった不満が爆発します。
  • 原因④:【財産の偏り】「実家(不動産)しかない」のに、全員が平等に分けたがる 第1回でも触れた最大の物理的限界です。不動産は現金のように均等に分けることが難しく、「誰が継ぐのか」「継いだ人は、他の兄弟に払うお金(代償金)を準備できるのか」で完全にデッドロックに乗り上げます。

始めることすらできない、目の前に立ちはだかる「3つの法律の壁」

ここまでは「話し合いがまとまらない」ケースですが、法律上、さらに根本的な問題として、そのままでは遺産分割協議を始めることすらできないケースがあります。

  • 壁①:未成年者がいる場合の「利益相反」 「子どもが小さいから、親の私が代わりにハンコを押せばいいよね」は法律上NGです。親と子がどちらも相続人である場合、親の取り分が増えれば子の取り分が減る「利益相反(りえきそうはん)」となるため、親が代理人になることは厳格に禁止されています。家庭裁判所に申し立てて臨時の「特別代理人」を選んでもらう必要があります。
  • 壁②:行方不明者がいる場合の「手続きストップ」 相続人が一人でも欠けた状態で作った遺産分割協議書は、法的に有効な遺産分割協議として認められません。連絡がつかない人がいる場合、家庭裁判所に「失踪宣告」を出すか、「不在者財産管理人」を選んでもらうまで、手続きは1歩も前に進みません。
  • 壁③:認知症の方がいる場合の「意思能力の壁」 高齢のお母様などが「認知症」であるケースです。遺産分割には、自分の権利を正しく理解できる「意思能力」が必要です。判断能力が不十分な状態で無理やり書かせた書類は後から無効になります。この場合、家庭裁判所に「成年後見人」を選任してもらう必要がありますが、これには数ヶ月単位の時間がかかります。

増える事実婚。法律の線引きの現実

ここまでご紹介した原因や壁は、裁判所の手続きなどを経て、膨大な時間と労力をかければ、なんとか話し合いのテーブルにつくことはできます。しかし、それ以前の段階で、より厳しい現実に直面するケースが最近非常に増えています。

それは、籍を入れずに人生を共にする「事実婚」や「パートナー婚」という形を選ばれているご夫婦のケースです。

「何十年もおしどり夫婦として連れ添ってきたから、万が一のことがあっても、この家にはそのまま住み続けられるよね」

そう思われている方にこそ知っていただきたい、法律の驚くほどドライなルールがあります。 結論から申し上げますと、どれだけ長く一緒に支え合って暮らしていたとしても、戸籍上の「法律婚」をしていない内縁の配偶者には、長年連れ添っていても、「配偶者として当然に相続できる権利」は認められていないのです。

もし、最愛のパートナーが突然亡くなってしまったとき、法律上の相続人が「亡くなった方の兄弟」や「普段付き合いのない甥や姪」だった場合、パートナーが遺した自宅の不動産や預貯金は、すべてその親族たちのものになります。残された側には、法律婚の配偶者のような法定相続権は原則として認められておらず、場合によっては住み慣れた家に住み続けることすら難しくなるケースがあります。

どれだけ生前に尽くし、寄り添っていたとしても、法律の線引きの前では何の権利も主張できないのが、現在の法律における最も残酷な落とし穴と言えます。

大切な人の人生を守る、生前の「唯一の手段」

多様な家族の形が認められる時代になってきましたが、日本の相続の法律(民法)が変わるには、まだ相当な時間がかかります。

だからこそ、今回ご紹介した「人間関係のモヤモヤや法律の壁」があるご家庭、そして「事実婚やパートナー婚を選ばれている場合」にこそ、生前に「遺言書」を遺しておくことが、大切な家族のこれからの人生をガチッと守るための、大切な対策のひとつになります。

あらかじめ「誰に、何を遺したいか」を明確にした不備のない遺言書を用意しておくことで、残されたパートナーの生活を守りやすくなります。

焦ってタイムスケジュールに追われてしまわないためにも、こうしたルールをあらかじめ「知っておく」こと自体が、未来の家族を救う大きな予防策になります。

さて、次回【第4回】は、今回の「手続きの壁」を丸ごとクリアしてくれる重要アイテムのお話。 テーマは、「もしも実際に遺言書を発見したら、私たちはまずどう動くべきなのか」という初期対応について。 「良かれと思ってその場で開けると、過料(行政上のペナルティ)が科される!?」という、意外と知られていない法律のルールや、家庭裁判所での「検認」の仕組みについて分かりやすく解き明かしていきますね。次回もどうぞお楽しみに!

\ 最新情報をチェック /