いつものようにお散歩していたときのことです。住宅街のなかに、何やら周囲とは明らかに雰囲気の異なる、不思議な建物を見つけました。
窓がひとつもなく、企業の看板も出ていない、グレーの無機質なコンクリートの大きなビル。ちかごろ大規模な物流倉庫があちこちに建設されているので、「一体なんの建物なんだろう?」と通り過ぎてしまいそうなその場所ですが、どうやらここは、九州の、そして日本のインターネットを裏で支える、ものすごく重要な「心臓部」らしいのです。
今回は、街のローカルな風景の裏に隠された、最先端のITのお話を解き明かしてみたいと思います。
看板のないビルの正体は「国内最高水準のデータセンター」
窓のない大きな建物を見ていると、ふとデータセンターを思い出しました。九州には、QTnetが運営する国内最高水準のデータセンターがあり、その外観写真を見ると、今回見かけた建物ともどこか共通する雰囲気があります。
データセンターは一般に所在地を積極的に公表しないことが多く、外観写真だけ公開しているケースも珍しくありません。
QTnetは外観の写真こそ公式サイトで公開していますが、所在地は非公開としています。「住所を公表しない」と聞くと不思議に思われるかもしれませんが、データセンター業界では広く見られる慣習で、セキュリティ戦略のひとつとされています。
外観写真はあくまで営業用の情報。近くを歩けば誰でも見えるものですから、出しても問題はありません。でも『どこにあるか』という住所が広まると話は別で、悪意のある人間が標的をピンポイントで定めることができてしまいます。つまり『見た目はオープン、場所はシークレット』というのは矛盾ではなく、攻撃者に地図を渡さないという、意図的な非対称の守り方なのです。
データセンターのような施設は、一般のビルとはどこか違う独特の雰囲気があります。今回見かけた建物も、そうした特徴を感じさせるものでした。
普段何気なく通り過ぎる建物にも、それぞれ役割や物語があるのだと思うと、街歩きが少し楽しくなります。
中身はまさに「要塞」
セキュリティ戦略はハードウェアの面でも徹底しています。QTnetの公式発表によると、このデータセンターは日本データセンター協会(JDCC)のファシリティスタンダードで最高ランクの「ティア4相当」の評価を受けています。
その中身はまさに要塞そのもの。万が一の大規模地震にも耐えられるよう設計されており、地域一帯が大停電になったとしても、一定時間、自家発電で稼働を継続できるよう設計されています。さらに、通信回線も複数系統から引き込んでいるため、片方が切れてももう片方でカバーできる——文字通り極めて高い可用性を目指した仕組み、できうる限り止まらない設計になっているのです。
私たちの身近な街並みに、そんな日本トップクラスのハイテク要塞があるなんて、なんだか少しワクワクしてしまいますよね。
世界最大級Amazon(AWS)になると、規模は軍レベル?
このビルの前を通りかかったとき、私が保有している(た)「AWS認定ソリューションアーキテクト(SAA)」というITの資格の血が、少しだけ騒ぎました。
福岡にあるQTnetのビルひとつだけでも十分に鉄壁の守りなのですが、これが世界最大級のAmazonクラウドサービス「AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)」のデータセンターになると、規模のレベルがさらに変わってきます。
世界中に配置されているAWSのデータセンターは、もはや「ビル」ではなく、広大な敷地にいくつもの巨大施設が並ぶ「ひとつの街」のような規模です。非常に厳重なセキュリティ体制に加えて「どこにデータセンターがあるか」という詳細な施設情報は厳格に管理されており、敷地に入るためには幾重もの厳格な生体認証をクリアしなければならず、万が一のデータ消去の際も、記憶装置をその場で物理的に粉砕して跡形もなく消し去るという徹底ぶりです。
「イレブンナイン」という、気の遠くなる数字
AWSの代表的なストレージ(データ保管庫)である「Amazon S3」は、データの耐久性が「99.999999999%」を超えるように設計されています。小数点以下に9が9桁も並ぶこの数字は、ITの世界では「イレブンナイン(11ナイン)」と呼ばれます。
これは、計算上、仮に1万個のデータを保管していても、そのうちの1個が消えるまでに平均1,000万年かかるというほどの圧倒的な確率で、現実的にはほとんど消失を想定しないレベル。
なぜそこまで「非常に高い確率でデータを保護できる」と言い切れるのか。その秘密は、「デフォルトで、最低3つのアベイラビリティーゾーン(物理的に何十キロも離れた別々のデータセンター群)に、まったく同じデータを自動で同時に保存しているから」です。
どれか1つのデータセンターが災害などで完全に消失するような事態になっても、他の離れた場所にあるデータセンターが、何事もなかったかのように一瞬で全体のシステムを引き継いで動き続けます。地理的なリスクをあらかじめ想定し、最初から「網の目のように分散して備えておく」という徹底した分散設計が、世界中のビジネスや私たちの日常を支えているのです。
散歩道から世界の仕組みに思いを馳せる
「住所は秘密、でも外観は見せる」——このデータセンターの守り方を知ったとき、私はなんだか相続の仕事に通じるものを感じました。
世界を動かすような最強のシステムも、突き詰めていけば「万が一のときに、どうやって大切なものを守り抜くか」という、人間による事前の細かな設計と優しさの積み重ねでできています。何を見せて、何を隠すか。どこにリスクがあり、どう分散して備えるか。そうした問いは、私たちが日頃取り組んでいる「相続の備え」や「遺言書の作成」とも、どこか深く通じるものがあると思うのです。
事前に備えておくことで、万が一のときも大切な想いや財産を未来へつないでいく。
データセンターも相続も、本質は「失われないための準備」なのかもしれません。
これからも志免町や周辺地域の、新旧入り混じる魅力的な風景や、日々のちょっとした気づきをお届けしていきますね。

