前回まで、私が自分のために作った「公正証書遺言」や、手続きを確実に進めてくれる「遺言執行者」という少し硬い法律のお話をしてきました。
「万が一への備えが大切なのは分かったけれど、遺言書を作るのはちょっとハードルが高いな……」と感じた方も多いのではないでしょうか。
そこで今回ご紹介したいのが、もっと気軽に始められる「エンディングノート」です。
書店に行けば、たくさんの種類のエンディングノートが販売されていますし、法務省のホームページでも無料のひな形(法務省/日本司法書士会連合会の作成したノート)がダウンロードできるようになっています。
私も、「まずは形から!」と市販のエンディングノートをとりあえず一冊買ってみました。しかし、実際に中身を開いてみると、自分には関係のない項目やページが予想以上に多く、「これを最初から一冊全部埋めるのはそもそも無理だな……」というのが率直な感想でした。
これから書く方へお伝えしたい最大のコツは、「完璧を目指さず、1ページ目から生真面目に書かないこと」です。たとえば、最初のページによくある「家系図」なんかをいきなりきれいに書こうとすると、十中八九挫折します。
市販のノートでも、法務省のダウンロード版でも何でも構いません。まずは一冊手元に用意してみて、「書けそうなところ」「書きたいところ」から、とにかく1行だけでも書き出してみるのがおすすめです。
手軽で便利なエンディングノートですが、実務の世界から見ると「できること」と「できないこと」が非常にハッキリしています。今回はそのあたりをスッキリ整理してみましょう。
エンディングノートで「できること」
エンディングノートには、遺言書のようなカチッとした法律の決まりや様式がありません。そのため、「何でも自由に書ける」というのが最大のメリットです。
たとえば、以下のような項目を自分の言葉で残すことができます。
- 医療・介護の希望: 認知症になったときや、病気で意思表示ができなくなったときに、どんな治療や介護を受けたいか(延命治療の有無など)
- 大切な人へのメッセージ: 家族や友人への感謝の気持ち(長い手紙のようなもの)
- 日々の生活の引き継ぎ: デジタルアカウントのID、お葬式や形見分けの希望について
このように、自分が元気なうち、あるいは亡くなる「前」の段階から、家族が困らないためのリアルな情報を自由に書き残しておけるのが、エンディングノートの実力です。
エンディングノートでは「絶対にできないこと」
自由で万能に見えるエンディングノートですが、実務上、最も気をつけなければいけない注意点があります。
それは、「エンディングノートには、法的効力が一切ない」ということです。
ここが、遺言書との決定的な違いです。そのため、ノートにいくら細かく書いても、以下のようなことは「できません」。
- 財産を誰かに移転させる(相続させる)こと
- 特定の法定相続人に財産を「残さない」と指定すること
たとえば、ノートに「この自宅は長男に譲る」とどれだけ丁寧に書いてあっても、法律上の効果はゼロです。もしノートを見つけたご家族が納得しなかった場合、結局は泥沼の遺産分割協議に突入してしまいます。
遺言書は「亡くなってから」のもの。では、生きていたら……?
そもそも、遺言書というのは「亡くなってから」初めて効力を発揮するものなんです。
亡くなった場合は遺言書や相続手続きで対応できますが、一番困るのは、「意識不明のまま、何日も何ヶ月も病院のベッドで横たわることになった場合」です。
ご家族がパニックになって「遺言書に何か書いてあるかも!」と法務局へ走っても、遺言書を開けるわけにはいきません。だって、まだ生きているのですから!
まさにこの病気や認知症、事故などで『自分の口から意思が伝えられなくなった段階』で大活躍するもの。それが、エンディングノートです。
意識不明のままになったとき、治療をどうするのか、延命措置を望むのか。そういう生前の意思表示はノートにしか書けません。
まとめ:だからこそ「両輪」で備える
エンディングノートは、自分の気持ちや日々の情報を整理し、家族に想いを伝えるための「最高のツール」です。
しかし、大切な財産をめぐるトラブルを防ぎ、自分の意志を100%確実に実行したいのであれば、ノートだけで完結させることはできません。
- 生きている間の希望や、日々の引き継ぎは「エンディングノート」へ
- 大切な財産の分け方は、法的効力のある「遺言書」へ
この2つを上手に組み合わせることこそが、残される家族への一番の優しさであり、自分自身の「確実な安心」に繋がります。
次回は、このエンディングノートが最も力を発揮する、だけど多くの人が見落としがちな「大切なペットの未来とおひとり様のリスク」について詳しくお話しします。

