前回は、相続のトラブルが特別な大富豪や仲の悪い家族だけでなく、「実家(不動産)はあるけれど、分ける現金がない」という普通のご家庭でこそ起きやすい、というリアルな姿をお話ししました。

では、なぜそこから家族の間にボタンの掛け違いが生まれてしまうのか。 それは、大切な人が亡くなった瞬間から、法律が定めた「恐ろしくタイトな時間制限(タイムスケジュール)」が容赦なく動き出すからです。

そもそも「相続」とは、亡くなった方(被相続人)の土地・建物、預貯金などの「プラスの財産」だけでなく、借金などの「マイナスの財産」も含めた財産上の権利義務が、残されたご家族などに一斉に引き継がれることをいいます。

今回は、悲しむ暇もなくスタートするその手続きの全体像と、私たちが直面する時間制限の壁について、整理しながら見ていきましょう。

一気に押し寄せる「9つのステップ」と期限

いざ相続が始まると、一般の方が普段の仕事をしながら、あるいは高齢のご家族が一人でこなすには、あまりにも膨大な手続きをこなさなければならなくなります。

  • ① 死亡届の提出(7日以内) まずはここからすべてが始まります。
  • ② 遺言書があるかどうかを確認 相続財産の分割において最も優先されるべきは「故人の意思=遺言」です。そのため、まず最初にこれを確認します。
  • ③ 相続人調査・相続人の確定 亡くなった方の「出生から死亡まで」のすべての戸籍謄本を、役所から漏れなく取り寄せます。これが実務上、非常に手間と時間がかかります。
  • ④ 財産調査・財産目録の作成 どんな財産がどれくらいあるのか(銀行口座や不動産など)を漏れなく調べ、リスト(目録)を作成します。
  • ⑤ 相続方法の決定(3ヵ月以内)※超重要! もし借金などのマイナス遺産が多く、「相続放棄」をする場合には、亡くなったこと、そして自分が相続人になったことを知った日から【3ヶ月以内】に家庭裁判所に申し出なければなりません。この時期を過ぎると原則として、相続を受け入れた(単純承認した)ものと扱われます。
  • ⑥ 所得税の申告[準確定申告](4か月以内) 亡くなった方に申告すべき所得がある場合には、4ヶ月以内に準確定申告をしなければなりません。
  • ⑦ 遺産分割協議・遺産分割協議書の作成 遺言書がない場合、ここでようやく相続人全員が集まり、遺産をどのように分けるかの話し合いを行います。まとまったら、全員の署名と実印を押した書類(協議書)を作ります。
  • ⑧ 遺産分割の執行(名義変更など) 預貯金の解約や、不動産の名義変更を行います。金融機関や法務局へ行き、集めた大量の戸籍謄本や協議書を提示する、意外とアナログで根気のいる作業です。
  • ⑨ 相続税の申告と納付(10か月以内) 第1回でお話しした通り、私たちの地域(志免町や糟屋郡あたり)では基礎控除の枠に収まり、税金がかからないご家庭がほとんどですが、もし超える場合は10ヶ月以内に【原則、現金一括】で納付する必要があります。

あのニュースの「相続放棄」の裏にあったもの

このスケジュールを眺めると、第1回でご紹介した「著名な女優さんの相続人が、最終的にすべての遺産を相続放棄した」というニュースの背景も、少し見えてくるかもしれません。

一部では、著作権や不動産といった大きな価値の財産が多かった一方で、相続税は10ヶ月以内に原則現金で納付しなければならず、納税資金の準備が大きな課題になった可能性も指摘されていました。

いくら価値ある財産があっても、すぐに現金化できるとは限りません。相続では「財産はあるのに、納税用の現金が足りない」という問題が起こることもあるのです。

さらに、「相続放棄」のデッドラインは、亡くなったことを知ってからたったの3ヶ月以内(⑤)です。つまり、悲しみに暮れる間もなく、わずか90日の間に「財産を維持しながら相続税を納められるのか、それとも相続自体を断念するのか」という、人生を左右するあまりにも重い決断を迫られていたわけです。

この「時間のなさ」と「手続きの厳格さ」があるからこそ、焦りや不安から、普段は仲の良かった家族の間に小さなズレや衝突が生まれてしまうのですね。

遺言書がもたらす「一撃スキップ効果」

期限内にこれらすべてを終えることは、想像以上に大変なことです。もし定められた時期を過ぎると、多額の借金を背負うことになったり、税金の特例が使えなくなったりするペナルティもあります。

しかし、もし生前に、たった1枚の不備のない「遺言書」が用意されていれば、この過酷なスケジュールは劇的に変化します。

なぜなら、この9つの工程の中でも、特に時間と労力がかかりやすい「⑦遺産分割協議」と「⑧協議書の作成(全員の実印集め)」の負担を、大きく減らせるからです。
遺言書があれば、多くの場合、相続人全員での話し合いを経ずに、名義変更などの手続きへ進みやすくなります。

言書とは、単に自分の財産の分け方を指定するだけのものではなく、「残された家族の負担を大きく減らす仕組み」でもあるのです。

次回、なぜ話し合いはストップしてしまうのか?

まずは、万が一のときにどのような流れでタイムリミットが迫ってくるのか、その全体像を掴んでいただけたでしょうか。

これら一連の手続きを期限内に滞りなく行うことは、本当にエネルギーがいることです。だからこそ、こうしたルールをあらかじめ「知っておくこと」自体が、未来の家族を救う大きな力になります。

さて、全体の流れが分かったところで、遺言書がない場合に多くのご家族がぶつかる「最大の壁」があります。それがスケジュール⑦の「遺産分割協議」です。

次回【第3回】からは、具体的な事例へ踏み込んでいきます。 テーマは、「遺産分割協議が進まない4つの原因」。 「普段は仲が良いはずなのに、なぜか話し合いがまとまらない……」そんな相続現場のリアルな裏側と、その対策について分かりやすく解き明かしていきますね。

まずはこの流れを頭の片隅に置きながら、ご自身の「もしも」を少しずつ整理していきましょう。次回もどうぞお楽しみに!

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