前回まで、遺言書やエンディングノートについてお話ししてきました。その中でも少し触れましたが、今回からは「相続」について、少し掘り下げてお話ししていきたいと思います。

「相続」と聞くと、多くの人が「うちは分けるほどの財産もないから関係ないよ」「家族の仲が良いから揉めるはずがない」といったイメージを持たれているのではないでしょうか。

しかし、法律の世界のルールを見てみると、「相続で深刻なトラブルになるのは、決して特別な富裕層のご家庭や、仲の悪いご家族だけではない」という現実が見えてきます。

第1回は、私たちが無意識に抱いている相続のイメージを少しだけ変える、身近な「現実」についてみていきたいと思います。

遠い世界の出来事ではない、「もしも」の現実

最近、ニュースやメディアでも非常に大きな話題になったのが、急逝された著名な女優さんの遺産をめぐる報道です。
一部報道では、ご子息が最終的にすべての遺産を『相続放棄』したと伝えられ、多くの人を驚かせました。

一部報道や専門家の分析では、「遺産の多くが不動産や著作権など、すぐに現金化しづらい資産だった可能性」が指摘されています。

国からは、評価額から計算された高額な相続税を、原則として10ヶ月以内に現金で納める必要があります(延納や物納という制度もありますが、利用には条件があります)。いくら価値ある財産があっても、それを引き継ぐための税金(キャッシュ)が用意できなければ、放棄せざるを得ないという厳しい現実があるのです。

これを聞いて、「それは何億、何十億も遺産がある人の話でしょ。うちのあたりなら、新築マンションや一戸建てを買っても3,000万〜3,500万円、近頃の高騰でも4,000万円くらい。基礎控除の枠にすっぽり収まるから、相続税なんてよっぽどのことがない限りかからないし、うちは関係ないよ」と思った方も多いのではないでしょうか。

はい、その通りです。税金(相続税)に関して言えば、私たちの地域、この志免町や糟屋郡あたりではほとんどのご家庭がかからないかと思います。

でも、本当に真剣に考えなければならないのはここからです。

司法統計などを見ると、遺産分割でもめて家庭裁判所に持ち込まれるケースの多くは、実は遺産総額5,000万円以下の一般的なご家庭です。さらに、その中には遺産総額1,000万円以下のケースも少なくありません。

なぜ、普通の「仲の良いご家庭」が揉めてしまうのか?

理由はシンプルです。富裕層と違って、「遺産のほとんどが今住んでいる家(不動産)だけで、みんなにきれいに分ける現金がないから」です。

数億円の資産があれば分け合うことも容易かもしれませんが、「時価2,000万円の実家」がポツンと残された場合、それを兄弟3人で綺麗に3等分することは物理的に不可能です。

誰も悪くないのに、ただ「事前の準備や仕組みの理解がなかった」というだけで、悲しいボタンの掛け違いが起きてしまう。相続の世界でよくある「3つの落とし穴パターン」を見てみましょう。

  • パターン①:子どもがいる家族(成人か未成年かで大違い) 「子どもたちは優しいから、お母さんに家を譲ってくれるよ」と思いますよね。子どもが成人していれば話し合い(遺産分割協議)はできますが、いざ「お金」の権利が絡むと、子どもの背後にあるそれぞれの配偶者や生活事情によって、綺麗事だけでは済まなくなるのが現実です。 さらに盲点なのが、子どもがまだ「未成年」だった場合です。未成年の子どもは自分で遺産分割の話し合いができません。そのため、家庭裁判所に「特別代理人」という臨時の代理人を立てて話し合わなければならず、非常に時間のかかる手続きになります。
  • パターン②:子どもがいないご夫婦 「うちは子どもがいないから、家も財産も全部妻(夫)のものになるよね」という思い込み。これもちょっと危ういです。子どもがいない場合、旦那様が亡くなると、相続権は奥様だけでなく「旦那様のご両親(亡くなっていれば兄弟姉妹)」にもいってしまいます。ローンがゼロになったマンションを奥様1人の名義にするために、義理の親族と遺産の分け方を話し合わなければならなくなるのです。
  • パターン③:共働き夫婦の「ペアローン」 「団信(団体信用生命保険)に入っているから、万が一のことがあってもローンはチャラでOK!」というと、そうではないのがペアローンです。最近は、共同でローンを組んでいらっしゃる方も多いようです。旦那様が亡くなったとき、一般的なペアローンでは、亡くなった方のローン部分は団信で完済されますが、もう一方のローンは残ります。夫の収入がなくなった状態で、一人で自分の分のローンを払い続けられず、せっかくのマイホームを手放さざるを得なくなるケースもあると言われています

周りの環境や生活事情で、ルールは一斉に動き出す

交通事故にからむ世間話でも、こんな話を聞いたことがあるかと思います。その場では相手も「いいよ、大丈夫」と言っていたのに、後からまわり(配偶者や親族)にあれこれ言われて、結局補償でもめた。

相続も同じです。いくら家族の仲が良くても、いざ万が一のことが起きて「法律のルール」が動き出すと、綺麗事だけでは済まなくなります。

もし、遺産が「今住んでいる3,000万円のマンション」くらいしかなく、分け合える現金がほとんどなかったとしたら、遺産の分け方について意見がまとまらず、残された配偶者は数百万〜一千万円単位の現金を用意するために、最悪の場合、住み慣れた家を売却せざるを得なくなるのです。

トラブルは、決して「お金が欲しい」というドロドロした欲のぶつかり合いだけで起きるわけではありません。「残された家族が、法律上どう動けばいいのか分からない」「必要な書類が揃わない」という、純粋な手続きの行き詰まりや、仕組みの未手配から始まることがほとんどなのです。

だからこそ、まずは「全体像」をふんわりと掴む

以前の「遺言編」でも少し触れましたが、こうした悲劇から残された家族を守るために、法律には「配偶者居住権」という、残された配偶者の住まいを守るための制度や、不備なく確実に遺産を渡せる「公正証書遺言」という仕組みが用意されています。

しかし、「うちはどのパターンに当てはまるんだろう?」「どうすれば防げるんだろう?」と最初から細かな法律のテクニックにとらわれすぎると、一歩が踏出せなくなってしまいます。

まずは「万が一のとき、残された家族にどんなリスクがあるのか」という全体像をふんわりと掴むこと。その上で、「じゃあ、うちの場合はどう備えようか」と判断すればいいのです。

病気やケガ、ガンで亡くなった場合の「保険」については、しっかり対策を取られている方がほとんどだと思います。しかし、この相続や遺言といった「仕組みの準備」まで手をつけていらっしゃる方はまだ少ないのが現状です。

相続の手続きが大変なのは、誰かが悪いからではなく、ただ「仕組みを知らないまま、ある日突然タイムスケジュールが動き出してしまうから」にすぎません。 そこでこの連載では、これから、教科書のような小難しい法律用語をできるだけ使わず、実際の事例や法律の仕組みから「これだけは知っておいてほしい相続のポイント」を、スッキリと解き明かしていきます。

次回は、万が一の時に一気に動き出す「相続のタイトなタイムスケジュール(10ヶ月の壁)」について。 その後も、未成年や認知症の家族がいる場合の壁、言葉が似すぎて意味不明な「相続放棄」の違い、そして「法定相続人の本当の範囲」など、知っておくだけで家族の未来を守れる知識をお届けします。

「万が一のとき、うちの家族はどうなるんだろう……」と少しでも不安がよぎったなら、まずはこのブログを読みながら、ご自身の「もしも」を少しずつ整理してみてください。どうぞお楽しみに!

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