前回、万が一のときに銀行口座が凍結されて「お葬式代が出せないリスク」や、一人社長の会社が「完全なデッドロック状態に陥るリスク」についてお話ししました。
悲しんでいる暇など1秒もないくらい、残された人たちには重い手続きの波が押し寄せてきます。
こうした大パニックから大切な家族や社員、そして事業を守るために、私が公正証書遺言の中でハッキリと指定した、確実な選択があります。
それが、「遺言執行者(いごんしっこうしゃ)」です。
ここで「いごん」という読み方が出てきて、「あれ?ふつうは『ゆいごん』じゃないの?」と思われたかもしれません。
実は、日常会話で使う「ゆいごん」は口頭のメッセージなども含みますが、法律の専門家や実務の世界では、民法で定められた法的効力を持つ書類のことを区別するために、あえて『いごん』と読むことも多いのです。ちょっとした業界用語みたいなものですね。
遺言書は、内容が「実行」されなければ意味がない
さて、話を戻して、この遺言(いごん)執行者ですが、「遺言書さえ書いておけば、自分が死んだら自動的にすべてが片付く」と思っている方も多いのですが、実はそうではありません。銀行の解約や名義変更、会社の株式の引き継ぎなど、実際に形にするには膨大な手続きが必要です。
そこで、私の代わりに遺言通りに手続きを実行してくれる役割が、この遺言執行者です。
この遺言執行者は、必ずしも指定しなければいけない訳ではありません。しかし、もし指定がないと、残された相続人たちが自力でやるか、わざわざ家庭裁判所で選任の請求を行わなければならなくなります。
しかも、遺言の中身には相続人にとってあまり都合のよくない内容が含まれていることもあります。そうなると、せっかく書いた遺言書をそのまま放置され、実行されない恐れだってあるのです。だからこそ、遺言で最初から執行者を指定しておくことが、遺言を確実に実行させるための最大の鍵になります。
ここで、実務上知っておくべき「遺言執行者」の重要なルールを整理しておきます。
1. 生前の口約束はすべて無効
遺言執行者の指定は「遺言書の中だけ」で認められる特別なルールです。「俺が死んだら手続きはお前に頼むわ」と生前に口約束したり、ノートや別の紙に書いておいたりしたものは、すべて法律上は無効になります。
2. 複数人の指定も可能
遺言の内容が複雑であったり、財産が多岐にわたっている場合などは、複数名指定しておくことも可能です。
3. 指定された人が「辞退」することもできる
法律上は(一定の例外を除き)誰でも執行者になれるので、信頼できる家族を指定することも可能です。しかし、実際の遺言執行には専門的な法律知識と多大な手間がかかるため、指定を受けた身内が「こんな面倒なこと私にはできない」と辞退することも認められています。
遺言執行者は誰に頼む?実務における2つのパターン
では、具体的に誰を遺言執行者に指定すればいいのでしょうか。実務で選ばれる典型的なパターンは、大きく分けて次の2つです。
パターン①:信頼できる家族(長男・長女など)を指定する
シンプルな財産構成で、相続人同士の関係が非常に良好な場合に向いています。費用がかからないというメリットがある一方、慣れない複雑な手続きで家族に大きな負担をかけてしまう可能性があります。ちなみに、私自身が作った公正証書遺言でも、このパターンを選んでいます。
ただし、身内の「特定の1人だけ」を指定する場合は少し注意が必要です。たとえば長男だけを指定した場合、他の兄弟(次男や長女)から「長男に都合よく動くのではないか」と余計な疑念を持たれてしまい、親族間の反発につながるケースがあるからです。少しでも揉めそうな空気があるなら、最初から次のパターン②を検討することをおすすめします。
パターン②:第三者である専門家(行政書士・弁護士・司法書士など)を指定する
財産が複雑な場合や、相続人が多い、あるいは事業承継が絡む場合などに向いています。専門家への費用はかかりますが、客観的な立場から確実に、かつ迅速に手続きが進むという高い安心感があります。複雑な案件ほど、このパターンが選ばれる傾向が強くなります。
どのパターンを選ぶにしても、遺言執行者に対する「報酬額」なども遺言の中でキッチリ指定しておくことができます。万が一の時に、私の代わりに口座や会社の実行手続きに速やかに着手してもらえる環境を作っておく。この安心感は本当に大きいです。
次回からは、そんな遺言書の手続きの話とはちょっと違う、だけど翌日から確実に家族が困る「ペットの未来」とエンディングノートのお話をします。
もし、「そういえば、明日自分の身に何かが起きたらどうなるんだっけ……」と少しでも引っかかるところがあったなら、まずはその「ふんわりとした不安」をご家族で共有することから始めてみませんか。

