先日、「献血」に行ってみたけれど、耳鼻科で処方されていた抗生物質を飲んでいたがため直前で断念。今回は満を持しての再挑戦です。
現在の献血手続きは非常にスマート化されており、専用アプリを用いて事前にWeb問診へ回答していくシステムになっています。しかし、その設問を一つずつ進めていくなかで、日頃からリスク管理を扱う仕事をしている身として、大変興味深い「細やかな守りの姿勢」を目にすることになりました。

画面に表示されたのは、「いつ、どこの国に、どれくらいの期間滞在したか」を、非常に細かく確認してくる海外旅行の記録チェックです。 「たかが短期間の旅行なのに、なぜそこまで徹底して調べるのか」と疑問に思われたことのある方も多いのではないでしょうか。
実はこの何気ない問診票の裏側には、日本の輸血医療の安全を保つための、とても緻密で合理的な仕組みが組み込まれています。
「ヨーロッパ以外」という指定に隠された明確な意図
送られてくる質問の文言を読み解いていくと、すべての設問に明確な「目的」が設定されていることが分かります。
たとえば、「1年以内にヨーロッパ・米国・カナダ『以外』に滞在しましたか?」という設問があります。 なぜ、わざわざ特定の地域を除外して「以外」と限定するのでしょうか。これは、地域ごとの感染症リスクや流行状況を踏まえ、安全性を確保するために質問内容が細かく設計されているためです。
海外で感染する可能性のある感染症の中には、一定の潜伏期間を持つものがあります。そのため帰国直後では健康に見えても、感染を完全には否定できないことから、一定期間は献血を見合わせる基準が設けられています。

また、「帰国後4週間以内ですか?」という設問もあります。 これは、海外で流行している各種ウイルスや変異株、あるいは麻疹(はしか)などの潜伏期間を考慮した安全基準。帰国直後は本人がどれだけ健康であっても、体内でウイルスが潜伏・増殖中である可能性を否定できないため、「念のため4週間は制限する」という合理的なルールが機能しています。
余談ですが、かつて中世の大交易都市だったヴェネツィア共和国では、ペストやコレラといった感染症の流入を防ぐため、本島の手前にある孤島に、入港した船や旅人を「40日間」隔離して様子を見るという徹底した水際対策を行っていました。海に浮かぶ都市、ヴェネツィア共和国ならではの対策です。
現代英語で検疫を意味する quarantine の語源は、イタリア語の quarantina(40日間)だとされています。
形を変えながらも、人類は昔から同じ知恵で未知の病と戦ってきたのですね。
30年以上前のイギリス滞在を今なお確認する理由
さらに特筆すべきは、「1980年から1996年の間に、英国に通算1ヶ月以上滞在しましたか?」という、驚くほどピンポイントな過去の履歴への追及です。今から30年以上も前の話を、なぜ現在のシステムが未だに追い続けているのでしょうか。
この基準の理由は、当時ヨーロッパ(特に英国)で大きな社会問題となった「狂牛病(BSE)」に関連する、変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)の発症リスクを徹底して排除するためです。

当時ニュースで繰り返し報じられた「クロイツフェルト・ヤコブ病」という聞き慣れない病名と、「脳がスポンジ状になる」という衝撃的な説明に、言葉にできない不気味さを感じた方も多かったのではないでしょうか。
この病気の原因物質(プリオン)の非常に厄介な点は、通常の加熱や一般的な消毒では無害化しにくい。さらに、人間の体内に侵入してから発症するまでの潜伏期間が、何十年という単位で非常に長いのです。
だからこそ、どれほど過去の履歴であろうとも、日本赤十字社ではわずかなリスクもできる限り排除するという責任を果たすため、現在もこの厳格な網の目を維持し続けているのですね。
ところで、「クロイツフェルト・ヤコブ」一見難しそうな病名ですが、実はこれは病気を報告した2人のドイツ人医師の名字を並べたものです。ちなみに「クロイツ」はドイツ語で「十字架」、「フェルト」は「野原」を意味し、「ヤコブ」は聖書にも登場する人名です。
実は私はこういう「名前の意味」を調べたりが結構好きで、これ言いだすと例えば、あの『銀河英雄伝説』では、「ジークフリード」は「勝利」と「平和」に由来する古いドイツ名です。また、「クロイツフェルト」は「十字架(Kreuz)」と「野原(Feld)」から成る姓とされています。
ドイツの地図を眺めていると、「〜berg」「〜feld」「〜wald」「〜burg」といった地名をあちこちで目にします。ドイツ語では、Berg は「山」、Feld は「野原」、Wald は「森」、Burg は「城」を意味します。
こうした言葉の意味が分かるようになると、『銀河英雄伝説』の登場人物や地名にも「なるほど」と思える場面が増えてきます。
……て、このての話を始めると止まらなくなりますので(笑)、また別の機会にご紹介したいと思います。
🛠️ 献血の安全を支える「見えない仕組み」
輸血を必要としている患者さんは、病気や重大な怪我により、免疫力が著しく低下しているケースがほとんどです。そのような方々に届ける血液だからこそ、不測の事態をできる限り防ぐための細やかなルール作りが、安全管理基準として大切に運用されています。
幸い、私のスマートフォンに並んだチェックはすべて「いいえ」となり、今度こそ無事に献血を完了することができました(笑)。
一見すると「少し手続きが煩雑だな」と感じる問診票にも、「起こりうるリスクをあらかじめ想定し、安全性を少しでも高めるための仕組みを整えておく」という知恵が詰まっています。
献血は、人の命を支える尊い活動です。そして、その安全は、多くの人が気付かないところで積み重ねられた細やかなルールによって守られています。
普段何気なく目にする手続きにも、「なぜこの確認があるのだろう」と少し立ち止まってみると、その背景には先人たちが積み重ねてきた経験と知恵が隠れていることがあります。
行政書士の仕事でも、一つ一つの契約書や手続きには、それぞれ「なぜこの確認が必要なのか」という理由があります。今回の献血を通して、改めて「仕組みでリスクを減らす」という考え方の大切さを実感しました。
日常の風景の裏側にある仕組みに目を向けてみると、深い気づきがあって面白いものです。これからも日々のちょっとした発見をお届けしていきます。
それでは、次回の志免町散歩もお楽しみに。


